スポーツ

2008年06月09日


F1カナダGPは毎年何かしらの波乱を呼ぶ。

昨年もハミルトンのF1初優勝や、
スーパーアグリの佐藤琢磨がマクラーレンのアロンソのオーバーテイク、
BMWのクビサの大クラッシュなどセーフティーカーが4回も入る荒れたレースだった。

今年も、セーフティーカーが思わぬ展開を引き起こす。
レースも1回目のピットストップを間近にした18周目、
フォース・インディアのスーティルがリタイア後にマシンのブレーキダクトから出火。
消化活動とマシン撤去のためにセーフティーカーが入る。
翌周にはハミルトンを先頭にトップから7台のマシンが一斉にピットへ。

しかし、ここでピット出口の赤信号で緊急停止したライコネンに、
ハミルトンが、そのハミルトンにロズベルグが玉突きで衝突。
セーフティーカーが入るまでトップのハミルトン、3位のライコネンがリタイアに。

そこからはクビサとBMWのためのレースと言っても良かった。
各車がルーティンのピットストップを終えると、クビサはトップに躍り出る。
2番手にはチームメイトのハイドフェルドが付け、BMWの1−2体勢でそのままフィニッシュへ。

昨年の目を覆うほどの大クラッシュから一転、
今年は自身初、ポーランド人として初、BMWザウバーチームとして初の優勝。
この勝利により、クビサはチャンピオンシップでもポイントリーダーに浮上。
最高の形でシーズン中盤を迎えることとなった。

なお、3位には今年ここまで不調を囁かれていたベテランのレッドブルのクルサード。
トヨタのグロッグがフェラーリのマッサの追撃をしのいで、4位に初入賞。
フェラーリは5位にマッサが入るのが精一杯。
6位にトゥルーリが入り、トヨタはダブル入賞となった。
7位ホンダのバリチェロ、8位はモナコに続いて連続入賞となったトロ・ロッソのベッテル。

ウイリアムズの中嶋一貴は中盤、2位走行で表彰台を期待されたが、
ヘアピンでホンダのバトンと接触しフロントウイングを破損。
ピットインで運悪く壊れたウイングにマシンが乗り上げてしまう格好でリタイアを余儀なくされた。


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(10:06)

2008年06月08日


2016年の夏のオリンピックの開催都市として名乗りを上げている東京都。
今回行われた国際オリンピック委員会(IOC)の理事会で第1次選考を見事に突破した。

最終選考はスペインのマドリード、アメリカのシカゴ、ブラジルのリオデジャネイロと争われることとなり、
来年10月のIOC総会で決定することとなる。

今回の第1次選考では各都市の大会開催能力ほ判断する事となったが、
東京は1次選考の7都市の中で最高の評価を得た。
大会開催能力と言うのは治安や警備、交通や施設のインフラなど、都市としての能力を数値化したもの。

しかしながら、都市能力では世界でもトップクラスの東京だが、
肝心の「市民の支持」においては最終選考4都市の中では最低。
つまり『盛り上がっていない』ということになる。

オリンピックを開催するリスクと、
オリンピックを開催することで得られるメリットを天秤にかけたときに、
今の東京都民がどれぐらい乗り気になるかはどうしても疑問符がつく。

開催のために必要な予算を何処から捻出するのか?
答えは誰でもわかる訳で・・・。

1964年の東京オリンピックのときは、
戦後の復興から高度経済成長の象徴としての『役割』のようなものがあった。
だけど、2016年の意義はどうだろう?

そのあたりに納得が出来ないと、市民はついて行かないだろう。

第1次選考の高い評価をどのようにつなげるか。
まだ時間はあるが。

ただの金をかけるだけのお祭りになるならどうしょうもないでしょ。
『2016年東京五輪』実現のカギを握るのはまさに『市民の支持』だろう。


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(02:28)

2008年06月03日


2日放送の木村拓哉主演『CHANGE』の視聴率が、放送開始後初めて20%を割った。

原因として最も大きいのが、裏番組となったサッカー日本代表のW杯予選の生放送と、
中田英寿のドキュメンタリー番組と言う日テレの強力な番組プログラム。

日本代表も中村俊輔らの活躍で3−0でオマーンを破り、
岡田監督更迭論を完全に吹き飛ばした。
中田英寿に関しては、6月7日に横浜で行われるスペシャルマッチのチケットが完売するなど、
改めてその人気と注目度の高さを物語っており、
さすがのキムタク総理大臣も支持率(=視聴率)を取られた格好となった。

フジテレビとしても、視聴率男の木村拓哉を担いだこのドラマでは視聴率20%を絶対死守が命題だっただけに、
この視聴率減は痛かっただろう。

次週以降の巻き返しはなるのか???


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(13:00)

2008年06月02日

ワールドカップ3次予選の第3節、横浜で行われた日本対オマーン。
前のバーレーン戦の敗戦で、この試合に負ければW杯への道は閉ざされるばかりか、
岡田監督の更迭にもつながるだけに注目されたが、
中澤、大久保、中村俊輔の役者3人のゴールで、
終わってみれば3−0と言うスコアで日本の完勝となった。

印象的だったのが、中村俊輔、松井大輔、遠藤保仁の3人の中盤が作るトライアングルに、
2010年のW杯の日本代表のひとつのカタチを見たような気がする。

美しい中村俊輔、剛さの松井大輔、しなやかさの遠藤保仁。
と言ってもよいだろう。
可能性を感じさせる中盤だと思う。

この3人を軸に、高原のコンディションが戻り、大久保や巻らFW陣が輝きを見出せたら、
日本代表と言うチームも面白くなるだろう。

いよいよ、明日から運命のアウェー遠征に出る日本代表。
とにかくあとは負けさえしなければ、最終予選に行けるのだから。
どうせなら、首位通過で!!


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(21:41)

今月7日に行われる世界選抜対日本選抜の「+1フットボール・マッチ」に出場する、
サッカー元日本代表MFの中田英寿。
その中田の引退後初の日本でのプレーとあって、
その注目度から6万7千枚のチケットは完売しプレミア化している。

そんな中田にイングランドプレミアリーグのマンチェスター・シティからのオファーがあると言う。
関係者の間では、本人の心境の変化など、中田の現役復帰を示唆する声も聞かれ、
現役復帰が単なるウワサで終わらない可能性も十分にあると言う。

実際、最近ではエキシビション戦のためとは言え、
元日本代表トレーナーの並木磨去光氏を帯同させ、
現役選手と変わらないトレーニングメニューをこなしている。

今までも、単なるサプライズに留まらない話題を提供してきた中田だけに、
今回のマンチェスター・シティのオファーも何かの布石であるかも知れない。


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(10:21)

元日本代表の中田英寿が6月7日の『+1フットボール・マッチ』で、
W杯の日本対ブラジル戦後の現役引退発表以来、日本で初めてピッチに立つ。

世界選抜対日本選抜としてのスペシャルマッチとして、
この試合には名だたるスター選手たちが集うが、
中田の復活は最大の注目を集める話題だった。

その注目を証明するように、
発売されたチケットは6万7357枚が完売したことがわかった。
これは2002年の日韓W杯決勝のドイツ対ブラジルと同じレベルの売れ行き。
改めて、中田英寿の存在の大きさを裏付ける事となった。

中田がいない今の日本代表の人気の低迷振りとは好対照である。


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(00:05)

2008年06月01日


31日に行われたJリーグ・ヤマザキナビスコカップの川崎フロンターレ対コンサドーレ札幌戦で、
スポーツ仲裁裁判所(CAS)からドーピング違反の処分が取り消された川崎のFW我那覇和樹が前半18分に先制点を挙げ、
ドーピング問題発覚直前の2007年4月21日の浦和戦以来406日ぶりのゴールを決めた。

2007年4月に、ドーピング違反としてJリーグから出場停止6試合の処分を科されたのをきっかけに、訴訟問題に発展。
その後12月に処分取り消しを求め、CASへの提訴を決断。5月27日に無効の裁定が出るまでの間、
周りからの雑音が我那覇を苦しめ続けた。

止まっていた時間がまた動き始めた。
絶対的なストライカーのいない今の日本代表にとって、我那覇復活は待ち望んでいた事だった。
日本代表の岡田監督からも、早くも代表召集へ向けたラブコールがあった。

復活ゴールを決めて男泣きをした我那覇。
失ってしまった1年間があるからこそ、誰にも窺い知れない強さがある。


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(23:05)

2008年05月29日


ダイヤモンドの原石は輝くまでに相当時間が掛かりそうだ。
現在2軍生活が続く日本ハムの大型ルーキーの中田翔。

最近はバットから快音もあまり聞かれないばかりか、
守備の方でも大エラーが出たりと調子が一向に上がってこない。
もはや『新人王レース』ではロッテの唐川が相当先行している。
もう6月になる段階でまだ2軍で燻り続けている中田にはチャンスは無くなったといっても言い。
日本ハムの水上2軍監督は『今の状態では1軍はありえない』発言をしているので、
良くて秋頃に1軍昇格出来れば御の字だろう。

ビックマウスも結構だが、遅刻や野球へ取組む姿勢などは子供じみている。
ダルビッシュもルーキーイヤーは色々お騒がせしたものの、
その後は人間的にも大きく成長し、今や日本球界の至宝にまでなった。

中田に対して、確実に周りの目は変わってきている。
素質は十分以上のものがあるのだから、磨けば必ず光る。
ここらで浮上のきっかけを掴めるか???

北海道のファンは新しいビッグスターを待っているのだから。




(11:40)

2008年05月26日


F1で最も優雅で格式の高いレースとされるモナコGP。
今年のレースはレース序盤の雨がもたらした数々のアクシデントによって、
終盤まで目が離せない展開に。

上位を走行していたライコネンやアロンソ、ロズベルグらの脱落の中で、
マクラーレンのルイス・ハミルトンが序盤のトラブルを乗り越えて、モナコ初優勝。
ポールポジションからスタートのフェラーリのマッサは、
チームのタイヤ選択がかみ合わず、3位どまり。
ウィリアムズ・トヨタの中嶋一貴も、ピットイン時にタイヤ交換に手間取りタイムをロスした以外は、
荒れたレースを無難に落ち着いてレースをまとめ上げ、見事7位入賞。
過去の日本人ドライバーが苦手としてきたモナコで、日本人初の入賞となった。
今期早くも3回目の入賞となった。

可哀想だったのが、
フォース・インディアのエイドリアン・スーティル。
中盤から4番手を走行し、そのまま走り切れば自身の最高位とチーム初ポイントとなるはずだったが、
フェラーリのライコネンが体勢を乱したのに巻き込まれ、もらい事故でレースを終えてしまった。
フォース・インディアと言うチームの戦闘力からすれば、こう言うレース展開でもなければ、
なかなか上位に食い込むことは難しいのは誰もが認めるところ。
ピットに戻って、クルーに肩を叩かれながらうなだれるスーティルの姿は何とも痛々しかった。

しかし、
中嶋一貴の口癖なのか?インタビューの中で『まぁ』をやたら連発するのが気になる。
今度数えてみて下さい。一回のインタビュー中に『まぁ』は10回は言ってます(笑)




(17:15)

2008年05月19日



スーパーアグリのF1撤退によって、シートを喪失してしまった佐藤琢磨。
本人は公式に『これでF1をやめるつもりはない』と公言をしており、
その今後に注目が集まっていた。

前戦のトルコGPで257戦の最多出場記録を更新した、
ホンダのルーベンス・バリチェロが今シーズン一杯までの契約のため、
そのバリチェロと入れ替わりになると言う噂も多いが、
ここにきて新たな噂が持ちあがった。

それは、デビュー以来のパフォーマンスがいまひとつのルノーのネルソン・ピケJrの代わりと言う話である。

ルノーのボス、フラビオ・ブリアトーレは今シーズン開幕からこれまでのピケのパフォーマンスに対し、
『できるだけ早期に結果を残せなければ、今後のシートは保障できない』と公に発言をしており、
ピケJr.にプレッシャーを与え始めた。

夏頃に予定のテストドライバーとして、
現在GP2に参戦中で、アジアシリーズのチャンピオンにもなったロメイン・グロージャンと、
佐藤琢磨の名前がトップでリストアップされているという。

スーパーアグリでの佐藤琢磨の活躍は関係者にも強い印象を与えており、
今後何らかの格好でF1に復帰する可能性は十分にあると言える。




(09:11)
F1史上最強のチャンピオンを獲得したミハエル・シューマッハーが、
マルセル・ニーデルハウゼンと言う偽名を使ってIDM(ドイツ・スーパーバイク選手権)にエントリー。
以前にもアマチュアのバイクレースに参加し、いきなりの速さを見せたシューマッハー。

本人としてはこれは趣味としてのレース活動として、
今後もIDMチャンピオンチームのホルツハウエル・レーシングチームから参戦の予定だと言う。

天性のスピード感を持つシューマッハー。
バイクレースでも活躍できるか注目される。







(00:57)

2008年05月12日

北京五輪の開幕まで、あと3ヶ月あまり。

チベット暴動鎮圧の抗議による混乱が相次いだ海外での聖火リレーとは一転、
中国国内ではお祭ムード一色の中での聖火リレーが行われている。

ところが、
中国と言う国の『今』を端的に表現しているかのように、
聖火リレーの終わった後は無数のゴミが散乱するという始末。
マナーと言うものが無いのは、社会として成熟していない証。
オリンピック本番ではそれがさらに顕著になるだろう。



(09:59)

2008年05月09日

F1第5戦トルコGPが開幕した。
当然の事ながら、撤退を表明したスーパーアグリの姿はパドックにはなく、
日本人ならずとも人気のあったチームの姿が無いのには、何とも寂しい限りである。

前回のスペインGPで大クラッシュを演じ、怪我はなかったものの後遺症が心配された、
マクラーレンのヘイキ・コバライネンも、ドクターからのGOサインが出たため、 
無事に出走を果たしている。
あれだけのクラッシュをしても『平気』だったコバライネン。
F1の安全性のめざましい進化が、かれを助けた。

初日のフリー走行を開始したのは20台となった。
スーパーアグリの撤退に伴い、予選のシステムにも若干の修正が出た。
これまでの予選第1ラウンド、第2ラウンドともに6台づつの脱落が、
5台づつに改められた。第3ラウンドについてはこれまで通り10台で争われる。

オープニングセッションとなる金曜フリー走行1回目は、
このサーキットを得意としているフェラーリのフェリペ・マッサがトップタイムをマーク。
2番手はマクラーレンのヘイキ・コバライネン。
3番手はマクラーレンのルイス・ハミルトン。
復調の気配のルノーのフェルナンド・アロンソが4番手。
ホンダのジェンソン・バトン5番手となっている。
前戦優勝のフェラーリのキミ・ライコネンは3周しただけで、このセッションの走行をやめてしまった。



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(19:52)

2008年05月08日

6日の記者会見でF1からの撤退を発表したスーパーアグリ。

慢性的資金難に追い討ちをかけたのは、
無責任なスポンサー契約を結んだ中国の企業である、
SS United Group Company Limitedの契約不履行が原因ではあるが、
スーパーアグリF1の息の根を止めたとも言えるのは、
実はこの人物が黒幕だった。

それはホンダ・レーシングのCEOであるニック・フライ氏。
ニック・フライ氏からは再三に渡り、スーパーアグリの活動に対してのネガティブな発言がなされており、
鈴木亜久里も記者会見の中で、ニック・フライ氏への不信感をあらわにしていた。

今期スーパーアグリと資本提携の契約をすると見られていたマグマグループとの契約が、
最終段階になったところで白紙撤回になり、
その後アグリ側と交渉が進められたのが、ドイツのベイグル・グループ。
その代表のフランツ・ヨーゼフ・ベイグル氏から『交渉に対してニック・フライ氏による妨害があったと』言うカミングアウトがあった。

昨年、スーパーアグリは『本家』とも言えるホンダのワークスチームをシーズン通して凌駕していた。
最終的には獲得ポイントで上回り面目は保たれたものの、代表の立場からすれば、ニック・フライ氏は内心穏やかでは無かっただろう。

今回、スーパーアグリとマグマ・グループやベイグル・グループの交渉の裏にも、
ニック・フライ氏からの政治的な干渉が相当あったものとされる。

ニック・フライ氏は3年前には、当時のBARホンダから佐藤琢磨を政治的に排除した経緯もあり、
今回の一件でますます日本人ファンからのバッシング対象になるだろう。


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(13:13)

2008年05月07日

スーパーアグリF1チーム(SAF1)が6日、都内で記者会見を行い、
資金難を理由にF1世界選手権からの撤退を決めた事を発表した。

鈴木亜久里よって創設されたチームは『NIPPONの挑戦』と称して、
チーム・ドライバー・エンジンと可能な限り『純日本』にこだわり、
参戦当初から数々の逆境を乗り越えてきた。

昨年はスペインGPで佐藤琢磨がチーム初のポイントを獲得。
さらにカナダGPではトップチームであるマクラーレンのアロンソに競り勝ち2度目のポイントを獲得するなど、
印象に残る活躍を見せていた。

しかし、昨シーズン当初にメインスポンサー契約を行った、
中国の企業である、SS United Group Company Limitedの契約不履行により、
シーズン途中から資金計画が暗礁に乗り上げ、F1活動の歯車は狂ってしまった。
その後の大口スポンサー交渉もまとまらないまま迎えた今シーズンは、
開幕当初から資金難に苦しみながらも、ホンダなどのサポートで何とかしのいで来たが、
いよいよ債務の期限を迎えても、今後のF1活動の目処が立たない事から、
今日の発表をもって、F1活動から撤退する事となった。

今後は、チームの残務処理を行うこととなり、
ドライバーの佐藤琢磨、アンソニー・デビットソンともに去就先を探すこととなる。

実際、2年半という活動期間だったが、
スーパーアグリF1は紛れもなく日本人の夢だった。
その夢を日本企業が後押ししてあげられなかったのは何とも残念だし、
日本にはちっともレース活動の文化や精神が根付いていない事がわかった。
鈴木亜久里のような志を持つもの、佐藤琢磨のような日本人エース、ホンダのような企業。
次にこういう理念を持ったチームがF1に現れるのは難しいだろう。

そして、債務不履行により、チームを混乱に陥れた、
SS United Groupは万死に値する。
売名行為の末、詐欺行為を行ったのだから。
中国企業の品位を問われる。

スーパーアグリの戦いぶりは見事だった。
夢をありがとう。と心から言いたい。



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(00:15)

2008年05月04日

女子テニス界に電撃復帰したクルム伊達公子が、
カンガルーカップ国際女子オープンのシングルス決勝で
第2シードのタイのタマリネ・タナスガンに6−4、5−7、2−6で逆転負けし、
復帰後の初優勝を惜しくも逃した。

それでも12年間を試合をしていないにもかかわらず、
現役時代、世界ランク4位まで行った実力の片鱗をみせつけた。
復帰でいきなり決勝戦まで行ってしまうのは驚愕としか言いようがない。
逆に、今のテニス界がだらしないと言うふうにも取れる。

伊達公子が今回、現役復帰を発表したとき、
その勇気には驚いたと同時に、たとえ試合に勝っても負けても、
挑戦をしようとする姿勢に感服した。

ふたを開けてみれば、予想以上の結果。
その後行われた女子ダブルスでは、優勝してしまった。






(22:50)

2008年05月03日

マリナーズのイチローが1日のインディアンス戦で3安打を放ち、
通算の安打数で野村克也・現楽天監督の持っていた記録を抜き、
米通算安打は2902安打となり、日本選手単独2位となった。

日本選手の最多安打記録は張本勲氏の3085本。
イチローはこの時点であと182本。
このまま例年通りイチローが年間200安打をキープしながら試合をこなして行くと、
早くて今シーズンの終盤か、または来年の今頃には、
日本人記録を塗り替えることが可能。
さらに、あと5年現役を続けると日米通産4000本安打と言う、
途方も無い記録に手が届くところまで行ける。
と言うより、行ってもらいたい。

4000本安打のペースは年間200安打を20年続けると言う事になるから、
(日本の年間135試合換算なら、だいたい1試合1.5安打のペース)
コンスタントに打ち続ける事は勿論、怪我をしない鉄人の如き強さも無ければならない。

ストイックなまでにこだわりを持って野球に向かっているイチローなら、
今までもそうして来たように、夢の様な記録を実現出来るかもしれない。




(12:15)
資本提携予定だったイギリスの投資グループのマグマ・グループとの交渉が、
最終段階で白紙になり、レース活動に必要な資金難から、
次の5月9日のトルコGPへの出走はおろか、
今後のチーム運営自体が危ぶまれていたスーパーアグリ。
エンジンや車体などのサポートをしてきたホンダからも、
さすがにこれ以上の援助は出来ないという通告もあり、
チームの未来には暗雲が立ち込めていた。

そんな瀕死の状態だったスーパーアグリに救世主が現れた。
それが、ドイツの自動車技術会社であるベイグル・グループ。

ベイグル・グループのボス、フランツ・ヨセフ・ベイグルは、
先のスペインGPのパドックにも姿を現したと言われ、
鈴木亜久里との交渉が行われたのではないか?と噂されていた。

株式の大量保有をはじめとした資本提携の合意が最終段階に来ていることを、
スーパーアグリのプレスリリースで、共同声明として発表された。

交渉は最終段階に達しており、これによって今期のレース活動の体制は一段落することになるだろう。
なお、次戦のトルコGPに向けた機材を積んだチームのトランスポーターは、
イギリスのファクトリーを出発したと伝えられている。

(09:18)

2008年05月02日

29日の柔道の全日本選手権の準決勝で敗退し、
北京五輪の柔道日本代表選考からもれ、
進退が注目されていた井上康生が会見を開き、
『わが柔道人生に悔い無し』と晴やかに現役引退を表明した。
今後は指導者として、メダル獲りに挑む事になる。

勝負に出た渾身の内股をかわされ、敗れた井上康生。
真っ向勝負で戦って敗れたとあって、表情はどこか晴やかだった。

また、井上の妻である、東原亜希のブログも更新され、
たくさんの声援に対しての東原から感謝のコメントが載せられたと同時に、
極度のストレスから『顔面麻痺』を起こしていたことを告白。

結婚してから、東原に対してのバッシングも少なくなかった。
結局は『幸運の女神』にはなれなかったのだが、
そうした外からの声に対して、黙して耐える日々が続いた。

井上も東原も、金メダリストと、その妻と言う、
他人にはけっしてわからない重圧と戦っていたのだから・・・。

戦いは終わった。
今度は、今まで叶えられなかった人並みなシアワセを二人で叶えて欲しいな、と思う。

おつかれさま。



(19:22)

2008年05月01日

欧州チャンピオンズリーグの決勝戦は
マンチェスター・ユナイテッドとチェルシーの、
いわゆるプレミア決戦となった。

準決勝に残っていたのがこの2チームの他に、
スペインのパルセロナ、プレミアリーグのリバプールだった事からも、
今シーズンはイングランド・プレミア勢が欧州を席巻したことになる。

今回はの予選から約1年間の長きにわたって繰り広げられた、
言わば世界最強と言っても過言ではない戦いの決戦の地はモスクワ。

5月21日、決勝戦の笛が吹かれる。

もちろん、スカパーで観ますよ!!


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(17:50)
日本にはとことん強硬姿勢な中国政府も、韓国には対応が一味違う様子。

『中国外務省は30日、ソウルで行われた北京五輪の聖火リレーで、
中国人のデモ隊による暴力事件が起きたことについて、公式に遺憾を表明した。』
とされる。

長野の聖火リレーで、仮にソウルと同様の騒ぎが起こっていたとしたら、
中国政府は果たして同様の対応をしてくれたかどうか???

北京五輪まで何だかんだと言って、もう100日を切った。
色々な意味で、競技以前のところで懸念事項が山のようにある今回のオリンピック。

何事も無く、なんてある訳ないか・・・。



(13:02)

2008年04月30日

29日、アメリカ大リーグの野茂英雄とロイヤルズの契約が解除され、
野茂は自由契約となった。

39歳と言う年齢に加え、今回のメジャーでの3試合で防御率18.69と言う成績からも、
大リーグの球団が野茂獲得に動くとは考えにくく、
野茂は現役引退か、日本球界に復帰するか、どちらかの選択をせまられそうだ。
日本球界では、横浜ベイスターズがいち早く獲得への動きを見せているようだ。

日本人大リーガーは今でこそ珍しくなくなった。
日本球界から海を渡ることも、それ程難しいことではないし、
日本のプロ野球自体のアメリカでの注目度も昔とは比べ物にならなくなっているからだろう。

そうした土台が出来上がったのは、
野茂英雄と言うパイオニアの存在無くして語れないだろう。
ロサンゼルス・ドジャースでデビュー。
名捕手のマイク・ピアザと野茂のバッテリーは抜群の相性を見せ、
トルネードは大リーグの強打者から三振の山を築く。
野茂は新人王を獲得するなど、大リーグで旋風を巻き起こした。

そんな野茂の活躍があったからこそ、その後にイチローや松井、佐々木、長谷川らが続くことが出来、
今では数えるのも大変なくらいの日本人選手が大リーグでのプレーをしている。

やはり、野茂はその名の通り、英雄なのだと思う。

進退が注目される。



(11:48)

2008年04月29日

29日日本武道館で行われた柔道の全日本選手権で、
シドニー五輪男子100キロ級金メダルの井上康生は準々決勝で敗れ、
ついに北京五輪代表の最後のチャンスを逃した。

準々決勝で高井洋平と対戦。
両者ポイントがないまま終盤残り10秒になった所で、井上は勝負に出る。
得意の内またをを繰り出すが、逆にすかされて倒され、
高井に「技あり」を与える。そのまま25秒間抑え込まれ、合わせ技で一本負けとなった。

これで、井上康生に崖っぷちギリギリで残っていた北京五輪代表のチャンスをとうとう失う事となった。

試合後に井上は進退について「先生方と相談して決めたい」と明言を避けたが、
今年を「選手として最後の年」と以前から話しており、今大会限りでの現役引退がほぼ確定的になった。




(22:39)

2008年04月28日

今年のF−1スペインGPにおけるマクラーレンのヘイキ・コバライネンや、
昨年のカナダGPでのBMWのロバート・クビサのクラッシュは、
もし15年前の安全基準のマシンであれば、どちらのケースも無事ではすまなかったはずだ。

1994年と言う年は、F−1における安全性能の、ある意味ターニングポイントとなった。
それは進化を続けて速くなって行くマシン性能との『いたちごっこ』とも言える。
恐らく、当時の規格(3.5リッターのエンジン、リミッターなし、スリックタイヤなど)で、
仮に現在の技術を盛り込んだマシンを作ったとしたら、
当時1分35秒台くらいだった鈴鹿サーキットのポールポジションのタイムは、
1分20秒を切ってくるかも知れない。
それぐらい、ある意味の規制をかけなくてはスピードアップだけが先に行ってしまうだろう。

マシンの安全性の要は、衝突エネルギーに如何に対応するか?
その課題に対応するため、F−1マシンには前後左右の方向からの衝突に対応する、
クラッシュテストなるものが存在し、基準は年々強化されている。
さらに、ドライバーに対する衝撃を可能な限り与えないために、
クラッシュ時の脱出に必要な適度なクリアランスを持ったサバイバルセルの規格、
コクピットまわりの衝撃吸収材や、ヘルメットとドライバーの首をサポートするHANSデバイス等、
二次的要因な安全対策も研究が進んだ。

レギュレーション自体にも毎年のようにメスが入っている。
エンジン排気量は3.5リッターから3.0リッター、さらには2.4リッターへと縮小し、
V8エンジンに気筒数も統一された。
タイヤに関しても、グルーブドタイヤと呼ばれる溝入りのものが標準化し、
空力パーツもマシンのコーナリングスピードの進化の度に、規制が入った。

また、マシンだけでなく、
コースレイアウトの変更、ランオフエリアの拡大、サンドトラップやタイヤバリアの効果的配置など、
サーキット設備にも相応の対応が取られ、
基準を満たせないサーキットでのGPは出来なくなるなどしている。

それでも、F−1は速さを求め続けている以上、アクシデントは避けられない。
いわば矛盾の上のバランスポイントで成り立っている。

でも、この15年の進化は今回コバライネンを救った。
ストレッチャーで運ばれるコバライネンがカメラに向かってサムアップをしている映像を見て、ホッとしたのと同時に、
もしこれらの安全性能があったら、セナは無事だったのではないだろうか?
そうしていたら、ミハエル・シューマッハーの7度のワールドチャンピオンの回数も2回くらい減っていたかも知れない。

また、今年も5月1日がやって来る。
セナは今のF−1をどんな風に見ているのだろうか?



(14:26)
毎年、ゴールデンウイークが近くなると、F−1ドライバーの中で思い出すヒーローがいる。
音速の貴公子と呼ばれたアイルトン・セナ。

1994年5月1日のサンマリノGPにおいて、
トップを走っていたセナの乗るウィリアムズ・ルノーFW16のマシンは、
高速コーナーでコントロールを失い、そのままウォールに激しく激突。
バラバラになったマシンのコックピットの中で動かなくなってしまったセナの映像を、
夜中のテレビの前で凍りつきながら見ていた。

当時は前年までアクティブサスペンションやトラクションコントロールなど、
マシン制御に関わるハイテクデバイスが、
『あまりにも速くなりすぎている』と言う理由で取り外されていた。
いわば『ハイテクのチカラで押さえ込んでいた封印だけを解いてしまった』わけである。
マシンは速度的にはそのままに、コントロール特性をそがれていたため、
シーズン前のテスト段階から、クラッシュが多発し、ドライバーの負傷も多く見られていた。

そして、サンマリノGPでその代償を払うこととなる。

金曜日、ジョーダンチームのルーキーだったルーベンス・バリチェロが派手なクラッシュを演じる。
ウォールに打ち付けられたマシンの中でバリチェロは失神し、大事を取ってこのGPの出走を見合わせた。

土曜日の予選、シムテックのローランド・ラッツェンバーガーが予選アタック中にコントロール不能になりクラッシュ。
モノコックに完全に穴が空いてしまうほどの衝撃は、ラッツェンバーガーの命を奪った。

そして日曜日の決勝、当時のF−1のカリスマとも言えるセナの命が奪われた。

当時はカーボン・モノコック神話の様な物があり、
1980年代半ば以降、F−1におけるドライバーの死亡事故は起きていなかった。
その中で年々進化して行くマシン性能。ラップタイムは向上し、その分の運動エネルギーは二乗で増して行く。
例え、どんなにカーボンのモノコックが鋼より強固とだとしても、
その中にいる人間はあくまで生身なのだ。

セナの死後、F−1界はやっとそれに気付き、安全性能を確保する為の改革に着手する。
それに気付くには、あまりにも高い代償を支払いった。




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